うみのゆりかご

めがさめると わたしは

あおい あおい うみに うかんでいました。
ゆらゆら ゆれて うみのなか
わたしは きしべに たどりつきました。
ぴかぴかひかる おひさまが
あんまり まぶしかったので
わたしは すなのなかに もぐりこみました。
そうして まあるくなって じっとしていたら、
なんだか せなかが いたくなってきたのです。
「きゅうくつ、きゅうくつ」
わたしのからだじゅうが さわぎだして
じっとしていられなくなったので、
わたしは おもいっきり せのびをしてみました。

すると…
ぽこっ

からだにはりついていた からが われて、
わたしは すなのなかから かおをだすことができました。
わたしのまえには あおいうみが
どこまでも どこまでも
ひろがっています。
そして、しろくかがやく なみが
なんども なんども
よせてはかえしているのです。
わたしも あのなみのように
きしべに やってきたのだけれど、
わたしは どうしたら かえることができるのでしょう?

あおい あおい うみのむこう。
わたしは どこから やってきたのかしら?
ずっと とおく、 うんと とおく、
うごけないわたしは
ぐんぐんと せのびして、
とおいとおい うみのはてを ながめようとしました。
あらしの うみのときも、
てんしのはしごが かかる うみのときも、
まっしろな くものおしろが
さかさまにうつる うみのときも。
どこまで うみは つづいているのかしら?
どこまで せを のばせば みえるのかしら?
はてしないうみを
ずっと ずっと、 ずうっと ながめていたら、
なんだか さみしくなってきました。

わたしには かえるところが ないのかしら?
わたしは ずうっと ひとりぼっち なのかしら?
こころが きゅうっと いたくなってきたとき、
わたしの くびのあたりに
ちいさな こぶが できてしまいました。
こぶは むくむくと おおきくなって、
どんどん おもくなっていきます。
あまりにも おもいので、
わたしは ながくのびたからだを うみへとかたむけました。

これは なにかしら?
どうなってしまうのかしら?
あるひ、
おおきくなった こぶは、

ぽちゃり

と、うみに おちてしまいました。


その みずおとを きいたとき、
わたしは おもいだしたのです。
わたしも こうして うみに おちて、
なみにゆられながら ここに やってきたのだと。

おもくておおきいと おもっていた こぶは、
わたしの み です。



ひろくておおきい うみのゆりかごに
ゆらゆら ゆれる わたしのちいさな み は、
きっと どこかの きしべに たどりつくのでしょう。


そうして うみのむこうを ながめて、
わたしのことを おもいだしてくれるのかもしれません。

ながれていった わたしのことを
おもっている だれかがいるのかもしれません。
この あおく ひろい うみで、
わたしたちはみんな つながっているのです。
なつのひかりが
うみを きらきらと かがやかせているひ。

しおかぜにふかれながら、

わたしは
とおいうみのむこうを おもっています。
2002.8.25 「夏海ちゃん」の誕生を祝って

これを読んだあと、友人は椰子の実の歌(?)を歌っていました。
…このカコジータ島にもぴったりな感じでしょ。

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