名のない色

 透きとおるような黒
 息がつまりそうな白
 静けさにみちた極彩色

 可仁さんは、そういう言葉を操る人。


 可仁さんは詩人で、父の友人で、私の恋人で、相当な変人だ。
 以前、私がそう言ったら、可仁さんは「そして僕は廃人でもある」と笑った。
 洒落のつもりなのだろうけれど、可仁さんはアルコホリックだから、笑えない。

「可仁も昔は、あんなのじゃなかった」
 父は溜息混じりに愚痴をこぼす。可仁さんとは学生時代に知り合い、もう二十年以上の付き合いになるらしい。今は可仁さんに会うたび説教じみたことを零しているが、学生の頃、父は可仁さんの詩に心酔するひとりだった。
「今じゃ安っぽくなった言葉だが、あいつには真のカリスマ性があった。あいつの詩には、麻薬のように逃れがたい魅力があったのに。それがどうだ、今じゃ意味を成さない単語の羅列でしかない」

 いつもアルコールが手放せない可仁さんは、矛盾に満ちた詩を綴る。追いかけるとはぐらかされ、信じれば迷いこむ。そういう言葉たち。

 誰かに伝えたい想いがあるから書く、そういう詩人ではなくなったのだ可仁さんは。


 そして今夜も、家へふらりとやって来た可仁さんをソファーに押し込め、父は説教を始める。私は二人のため、アルコールの代わりにコーヒーを淹れる。
 切々と可仁さんの詩才を語り、捨てた愚を責め、昔を懐かしむ父と、薄く笑みを浮かべ、気怠そうに相槌を打つ可仁さん。繰り返される、いつもの光景。
 けれど今日、可仁さんは父の昔語りを遮り、こう言った。

「僕は如何なる色にも染まりたくないし、誰も染めたくはない」

 言葉をうしなった父は、捨てられた子犬のように目を潤ませた。
 私は、音を立てぬよう細心の注意を払いながら、二人の前にカップを並べた。
 父は黙ってカップに手を伸ばす。
 可仁さんは相変わらずの笑みで、それを眺める。
 膝を揃え、トレイを脇に置き、それから私は可仁さんを見据えた。

「私の目は色を映さないから、きっと可仁さんの色には染まらない。だから一緒にいよう」

 可仁さんは薄笑いをやめ、私の目をみつめた。
 私と可仁さんの関係を何も知らなかった父は、驚愕のあまりコーヒーを噴きこぼした。

 耳の奥が痛くなるほどの沈黙。

 可仁さんが俯き落とした囁きは、私にだけ見える色彩となって部屋を満たした。




2004.7.7


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