■ 無言電話 ■
近頃、毎日のように無言電話が掛かってくる。毎日、何度も。
発信人が誰なのかは最初から判っていた。なぜなら、番号非通知設定もせず、堂々と掛けてくるからだ。
犯人は小学校時代からの友人。旦那と、一歳になる子供の三人で暮らす主婦。今でも連絡を取り合い、年に一・二度くらいは会っている。そんな彼女が初めて無言電話を仕掛けてきた時、私はかなり怯えていた。物言わぬ彼女がどこまで知っているのかを量りかねて、携帯を握る手が震えた。
でも、それも最初の数日だけ。何も言わないことこそが「私は全てを知っている」と、告げているも同然だと悟ったからだ。私は居直った。怯えは消えた。
残ったのは、陰湿な電話に対する苛立ちと、彼女への募る憎しみだけだった。
そして今日もまた、彼女からの電話が掛かってきた。往年のアイドル、ピ○クレディーの曲に乗って。
「……もしもし」
「……」
いつもと同じく無言。苛立ちがピークに達していた私は、大きく息を吸い、言ってやった。
「……もう、いい加減にして! なんで黙ってるのよ、言いたいことがあるならハッキリ言えばいいじゃない!!」
変わらぬ沈黙が保たれるかに思われた、次の瞬間。携帯の向こうから甲高い笑い声が響いた。
「ヒーッヒッヒッヒ! ケケケケケ、ケヒャッ!」
その、不気味な声は、私を嘲笑うかのように延々と続いたあと、唐突に途切れた。
―― もう、放ってはおけない。
意を決して、私は彼女の住むマンションへ向かった。
***
あーあ、退屈。
って、子守で忙しいんだけどさ、実際は。でも、違うのよね。自分のことで忙しいんじゃなくて、子供と旦那のことで忙しいんだもの。毎日同じことの繰り返し、忙しいけど退屈。は〜ぁ遊びに行きたいなぁ。
……あ。もう起きた。さっき寝たばかりなのに。もう。
「は〜い風花(ふうか)ちゃん泣かないでね〜、ママでしゅよ〜」
あんたは泣いて食ってりゃいいんだから楽よね〜。ママは疲れたでしゅ。
えーと、お腹すいているんじゃないわよね。寝る前食べたし。オムツかな〜違うなぁ。え? なになに? だっこイヤなの? はいはい、勝手にハイハイしてなさい。……ぎゃーっ! ちょっとやめてよ畳んだばかりの洗濯物を踏んづけるのは! どこからバアしてるの、それはパパのパンツっ。なに笑ってんのよもー風花っ!
“ピンポーン♪”
ん? 誰かしら。
風花、ちょっとイイ子にしてなさい……って言ってるそばからっ。それはオモチャじゃないの、私の
もういい。勝手にして。あー頭ボサボサだわ私。服もヨレヨレだし。化粧もしてないし。ああもう、いいわよなんだって。
「はーい」
声だけよそ行きにしても、ホント意味ないんだけどさ……。
「……あら〜、久しぶり〜。どうしたの〜?」
「白々しい挨拶なんて止めて頂戴」
「え?」
「わかってるのよ、あんたが毎日毎日毎日毎日毎日毎日っ、無言電話掛けてきてる犯人だって!」
「はぁ?」
「今更しらばっくれないでよ! あんただって全部知ってて、あたしに嫌がらせしてるんでしょ!」
「知ってるって、何を? 嫌がらせって何よ?」
「ふん、よくもぬけぬけと。……それにしても汚いわね、掃除してんの? おまけに何? その頭、その服。所帯臭いったら」
「ほ、放っといてよっ。風花に手が掛かるから、他のことなんて構ってられな……
あ。そういえばその電話って、ひょっとしたらふう」
「すーぐ子供のせいにして。単にあんたがものぐさなだけでしょう。そんなだから、旦那も浮気すんのよ」
「―― えっ」
「あたしの方が、よっぽど綺麗で素敵だって言ってたわよ、彼」
「―― え」
「あんた、邪魔なのよ」
「な……、ななナイフ!? ななななにをするつもり」
「安心して。風花ちゃんの面倒は、彼とあたしで見てあげるから」
「ま、待ちなさいよあんた何か勘違いして」
「問答無用!」
「きゃーーーっ!?」
“ペッ○ー警部っ♪ タリランランララ ラ〜ラ〜♪”
「へ……?」
私はナイフを彼女に翳した姿勢のまま、硬直した。
この着メロは、彼女から掛かってきた時、鳴るように設定しているのだ。彼女はいま目前で、頭を抱えているのに。彼女じゃないなら、一体だれが電話を掛けている?
「……ペッパー○部……?」
そうっと顔を上げた彼女が、気の抜けた声で呟いた。私はナイフを放り出し、彼女の首根っこを掴まえて問いただした。
「ちょっと、あんた。携帯はどこよ」
「え、携帯? さっき風花がまたオモチャにしてたけど……」
私は廊下の突き当たりの、リビングに続くガラス格子の扉を見た。そこには、洗濯物だかゴミだかに埋もれて遊んでいる、幼女の姿があった。その小さな手には、携帯電話が。
「…………じゃ……、邪魔したわね」
気勢を削がれた私は、早くこの場を去りたい気持ちで一杯だった。
「待ちなさいよ。まだ、話は終わっちゃいないわ」
ドアノブを回そうとした私に、彼女は氷のように冷たい言葉を浴びせ掛けた。おそるおそる振り向くと、私の投げ出したナイフを握った彼女が、髪を逆立て、鬼のような形相でこっちを見ている。
リビングからは、風花ちゃんの笑い声が、醒めない悪夢のように響き続けていた。
2004.2.21
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