ちいさなもりのむし 
6.
 ……しばらくして、
 とてもふしぎなことが()こりました。
 (たき)つぼへすべり()ちるはずの(みず)が、突然(とつぜん)(たき)つぼから(のぼ)りはじめたのです。
 (おお)きな水柱(みずばしら)は、(たき)をさかのぼり、さらに灰色(はいいろ)(そら)()かってのびてゆきました。
 (たき)におおいかぶさる木々(きぎ)をぬい、(やま)()え、さらに(たか)(たか)く。
 ぶあつい雨雲(あまぐも)水柱(みずばしら)がふれると、(くも)(みち)をゆずるかのように()れて、()(ひかり)がさし()んできました。
 そして、(ひかり)(なか)()()まれて水柱(みずばしら)()えたあと、雨雲(あまぐも)もまたたく()(とお)のき、(あお)(そら)(ひろ)がったのです。

 (おんな)()(おお)きく()見開(みひら)いて、そのすべてをながめていました。
 (おんな)()(うで)(かか)えたお(とう)さんも、ぽっかりと(くち)()けたまま、(そら)()あげていました。
 ()ざしが、(もり)木々(きぎ)のすきまから、(たき)つぼにまで()(そそ)いでいます。
 その(しろ)く やわらかな(ひかり)(すじ)をたどって、(ちい)さく黄色(きいろ)いものが、(たき)つぼから(おんな)()のもとへと(のぼ)ってきました。
 (ちい)さな(はね)からかすかな(ひかり)(つぶ)をちらし、()(おど)るのは、フルールです。
 フルールは元気(げんき)()(まわ)ると、(おんな)()(うた)をおくりました。

   ありがとう
   ありがとう
   やさしさが元気(げんき)をくれた
   ヌシ(さま)はやさしい(ひと)()大好(だいす)きなのです
   (もり)もわたしも


 (とり)(うた)います。(むし)(うた)います。
 木々(きぎ)()ずれが伴奏(ばんそう)をしてくれます。
 音楽(おんがく)にさそわれたのか、フルールとおなじ姿(すがた)をしたちょうちょもやってきました。
 フルールがさがしていた、お(とも)だちです。
 (ひかり)(かぜ)が、フルールたちと一緒(いっしょ)になって(おど)っています。
 (おんな)()は ほほえみました。
「ありがとう」
 そう()いました。
 ぽかんとしているお(とう)さんは、ふわふわと()(ちょう)たちと、(おんな)()見比(みくら)べています。
 そのようすを(わら)いおどけるように、そして、さとすように、どこからともなく(こえ)がひびいてきました。

   わが()(あい)するように(もり)(あい)
   (ふか)みを(おそ)れるように(もり)(おそ)れよ


 (てん)からふってきたのか、(たき)つぼの(そこ)からひびいてきたのか。(あお)くなって、お(とう)さんは(うえ)()たり(した)()たりしています。
 (おんな)()はまた、(わら)いました。
 フルールたちも(わら)って、お(とう)さんの(あたま)(うえ)()(おど)り、それから(おんな)()に「さよなら」のあいさつをしました。
 フルールと(あたら)しいお(とも)だちは、(もり)のなかに(かえ)り、(みどり)のお(かあ)さんのもとへゆくのです。
 そして、(たまご)()み、また、あたらしい(いのち)()まれてくるのです。

 (みどり)のお(かあ)さんは、カンアオイといいます。


 (おんな)()は、()(ひき)(ちょう)が、(みどり)(もり)へとけこんでゆくのを、ずっと()つめていました。
 (なが)()ちる(たき)(にじ)(いろ)(ひかり)(はな)ち、なにごともなかったかのように(もり)をうるおし(つづ)けています。



2002.6.9 (4870字)


◇ 『フルール』と『緑のお母さん』について…
ギフチョウ
(岐阜蝶)
チョウ目アゲハチョウ科、日本固有種の蝶。明るい森林に生息。
春、他の虫達に先駆け、美しい姿を見せるので、春の女神とも呼ばれる。環境省指定の絶滅危惧II類。
カンアオイ
(寒葵)
ウマノスズクサ科。日本固有種の植物。種子の散布範囲が狭く、分布する速度が極めて遅い。
里山の荒廃や山林開発により減少しているため、これを食草とするギフチョウも減っている。

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